くぜらしく

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パッション(情熱)について part1

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こんにちは、こんばんは。

くぜです。

 

いつもなら帰ってきて、最近ハマっているDota Underlordsをやっている時間ですが、とてもいい質問をされたので、ブログを書きます。

 

以下、自分のパッション(情熱)についての考え。

 

質問①

パッション(情熱)とはなんですか?

これはすんなり出た。パッションとは、行動するための原動力だと思う。何をするにもなにかしらのパッションは必要。良くも悪くも。エネルギーと同じかな。衣食住で言えば、食。食べ物食べて、カロリーとらないと動けない。そんなイメージ。

質問②

パッションはどこから来るのか?生まれるのか?

これは正直うまく答えられなかった。パッと思い浮かんだのは、成功した体験から生まれる、ということ。しかし、パッション=成功体験というのはどうも話がつながらない。少し、成功体験を分解する必要がありそうだ。成功するためには、行動しないといけない。何か行動すると、うまくいくこともあるし、いかないこともある。そこで、もう嫌だってやめることもあるだろうし、何くそと思って続けることもある。

この、何くそって思ったことが、その人の、パッションとは何かのヒントになるのかもしれない。

いや、何くそじゃないのか。この感情は、悔しさから来ていそう。

パッションって、誰かのためにしたい!って感じのイメージがある。

行動していく中で、何か自分の中で湧き上がってくるものがあると思う。

それが説明できないのが悔しい。

 

自分の中で、とりあえずたどり着いた答え。

行動していくと、だんだんと自分の中で軸ができてくる。

行動しながら、その軸を固めていくと、パッションが生まれてくる。

 

のかな。

 

自然と湧き出てくるものじゃない

必然で、湧き出てくるなものじゃないかな。本人は気づいてないのかもしれないけど。誰かを助けたい、役に立ちたい。そういう気持ちを大事に。

 

とりあえずまとまらないけど。

メモとして。

 

では。